東京の南町田に合掌苑という養護老人ホームを中心に運営している社会福祉法人があります。同法人は職員のSkype面談や、施設館内インカム、全館内無線LAN、アメーバ経営などの導入、それに伴いコンパ実践など介護業界でもあまり類を見ない取組みを次々と継続し続けている老舗の社会福祉法人です。

これらの取組みはトップダウンなのか、現場をどう巻き込んでいるのか、どうやって介護現場に新しい風を吹かせているのか、そんな疑問を一般社団法人 HCICヘルスケア産業従事者協会、代表理事の川合紀子(かわい のりこ)さんと、同じく理事の末松 清一(すえまつ せいいち)さんと一緒にお話をお聞きしました。

"合掌苑の森理事長"

自動車修理工が創業し、COBOLプログラマーがカイゼンし続ける老舗社会福祉法人

今回お話をお聞きしたのは合掌苑の森 一成(もり かずしげ)理事長と、お客様相談室マネージャーの神尾 昌志(かみお まさし)さん、同じくマネージャーの森田 健一(もりた けんいち)さんです。

森理事長は昭和36年生まれの現在55歳。前職は金融系のCOBOLプログラマーとしてIBM 3090(当時としては画期的な512MBのメモリーを搭載していた大型コンピュータ)を前に月残業200時間をこなしていました。平成2年、29歳の時に親戚の紹介で合掌苑の市原秀翁(いちはら しゅうおう)前理事長に出会い入社しまして、理事長に就任したのが今から5年前です。

森さんが入社した頃の合掌苑では帳簿、給与計算など手書きや青焼き機(ジアゾ式複写機)も稼働していました。マイクロソフトのWindowsがまだ発売されていなかった当時、表計算ソフトで有名だったのはExcel(エクセル)ではなくマルチプランでしたが、森さんは自宅からパソコンを持ち込み、マルチプランを駆使しながら徐々に先代理事長のやりたい事を電子化、仕組み化していきました。

「ぜんぶ先代の理事長に教えていただきました」

戦後まもなく自動車修理工で独立していた先代理事長は、技術者としての思考も強く情報化に伴うシステム導入に抵抗がなかったそうです。懐かしいシャープの電子手帳「Zaurus(ザウルス)」など電子手帳も発売される度に色々購入し積極的に使っていたとのことです。さらに合掌苑は、Windows 3.1が発売され、ヤフージャパンが事業を開始してまだ2年目の平成5年(1993年)8月、AppleのMacintoshを10台社内導入し電子メールを使いはじめました。積極的に新しい手法を導入出来たのは先代理事長に技術者としての視点と森さんの実行力があったからなのだと思います。

先代理事長が合掌苑を創業するまでの話は社内制作YouTube動画でご紹介します。

Skype面談やアメーバ経営、コンパ文化の導入

森さんは幹部マネージャー、直属である企画部や横の組織であるチームリーダーなど約60人を毎月一人あたり30分から1時間、音声のみのSkype面談をしています。現在、合掌苑の従業員数は600名、3つの拠点が離れているため、森さん以外のマネージャーもどんなに忙しくてもSkypeを積極的に活用して月一の面談をしています。音声のみにしているのは顔の表情をパソコン画面越しに見ているとなぜか話に集中できなくなるからとのことです。

同じく現場でのインカム導入は4年半前できっかけは森さんが視察先でインカムを使っていたのを体験したことでした。導入当初、現場からは重くて面倒くさいなどの苦情もありましたがしばらくするとその苦情は無くなったと言います。「情報を知ること、共有すること」を知ってしまったら知る前に戻れないからと言います。「手が空いている人、お願いします」などチームとして助け合いながら、職員同士の距離感も縮まり、特に新人のストレス軽減や夜勤間での情報伝達など効果は絶大と言います。

"合掌苑ブランディング担当の神尾マネージャー"
お客様からの相談窓口と広報業務を担当されている神尾マネージャー

平成16年頃に社員600人規模になり、次にどう組織を創るかを考えた時、このまま拡大成長路線を選択することも出来ましたが、成長の方向を内部の組織能力を高めていくという方向に変えたと言います。前理事長は常々措置施設の限界を言っておられ、永続的な合掌苑を目指し人材の教育が再優先であるとしたその時の決断が大きかったと森田さん、神尾さんは言います。

森さんが理事長に就任した後も社内の組織力を高める為に色々な組織運営手法を導入したそうです。経験した中で、幹部マネージャーや現場のスタッフにもスッと受け入れられ「腹に落ちた」のが2年前に導入したアメーバ経営だったと言います。きっかけは介護業界紙、シルバー新報からの紹介でした。興味を持った森さんは一昨年の6月に経理のスタッフ一人を連れ京都のアメーバ勉強会に出席しました。それからずっとアメーバ経営の考え方を導入しています。そして今ではアメーバ経営にとって重要な会議後のコンパ(懇親会)もきちんと現場で運営できているそうです。

"HCICの末松理事と川合理事長" 一緒にお話を伺った介護施設、医療施設での従事者向け教育プログラムに取り組んでいるHCICの末松理事と川合代表理事

「理念に共感」「専門職として専門性」「人間力」の3つを磨いていけるようにしたい

昔の良い介護職員とはもくもくと仕事をこなす職員だったといいます。そして今はインカムなどで周りの話を聴きながら仕事を進められるのが良い介護職員だと合掌苑は考えている、個人プレーからチームプレーになったのですねと森田さん、神尾さんは言います。

介護の世界は、介護するスタッフのパーソナリティが満足度を左右します。多くの介護職が経験を積むと積極的に勉強しなくなる理由は、人間性のよさと経験値のみで動いていれば良く、自分は良く出来ている、知っているからと勉強する必要がないとも言われてきました。そこを継続できる手法に基づいた根拠ある介護にする為、目標を数値化することから始めたと言います。組織目標は常に「お客様を幸せにする」ですが、その組織目標を個人目標と如何にリンクさせるか、アメーバ経営を導入することにより、初めてリンクするようになったと言います。ただし数字の達成をノルマにしない。そこが重要と森田さんは言います。

そして「介護知識をより多く勉強してもらうきっかけをつくりその気になってもらう」、成長実感を持ってもらえれば、自身で新しい知識を受け入れる手法を手に入れられると言います。言葉では簡単ですが、合掌苑内では過去色々な手法を取り入れ、これで良いのかと常に自問自答し続けていると言います。

"合掌苑の森田マネージャー" コーチングやチームビルディングの専門家である森田マネージャー

常に知恵と行動力をエンジニアリングとして考える合掌苑

合掌苑の先代理事長は若かりし頃、岐阜県郡上市美並村にある北辰寺(ほくしんじ)で修行しました。北辰寺にはもともと児童養護施設「合掌苑」があり、修行時に指導員としても働いたことがあったそうです。その後、東京中野の龍昌寺に移り都内第一号の老人ホームを設立した際に、岐阜の児童養護施設と同じ名前をつけたのが合掌苑の由来だそうです。

「合掌」という言葉は、日本語での文章語として故人に向けての哀悼の意を示すべく、文末に添えられることがありますが、本来、合掌として両手のひらを胸または顔の前で合わせる行為は、右手は仏の象徴で、清らかなものや知恵を表し、左手は衆生(しゅじょう)つまり自分自身であり、不浄さを持ってはいるが行動力の象徴であるとのことです。一方、エンジニアリングの和訳としての技術とは、社会の各分野において、何らかの目的を達成するために用いられる手段・手法と言います。

名は体を表すとはいいますが、合掌苑は、知恵と行動力が対になるということを常に継続しながら、強い組織を作り続けているのではないかと思います。そして私達自身が属する社会も過去より脈々と続けられた知恵と行動力が産みだした賜物と言えるのではないでしょうか。

"合掌苑の森理事長と神尾マネージャー" 森理事長と神尾マネージャー


デジタルヘルス事例 社会福祉法人 合掌苑:スタッフ同士で情報共有し利用者の満足度向上につなげる

社会福祉法人 合掌苑

一般社団法人 HCICヘルスケア産業従事者協会

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