奈良先端科学技術大学院大学 ユビキタスコンピューティングシステム研究室(ユビ研)は、住宅内にセンサーなどを設置し快適な居住空間をつくるスマートハウスの研究ではユニークな取組をしている国立大学院の研究室です。

今回はそんな研究室の実証研究に協力している地元奈良でリハビリ特化型の地域密着小規模多機能事業所を運営している株式会社 ライフケア創合研究所、いこいの家 ケアセンターの湯川 直紀(ゆかわ なおき)さんと奈良先端大のチームの皆さんに産学連携プロジェクトについてお話をお聞きしました。

"NAISTの皆さんと湯川さん"

現在、参加しているユビ研のチームは5人とウェアブル通信機器に精通したエンジニア、あと湯川さんの合計7人になります。

※写真左奥から時計回り順に (敬称略)
駒井 清顕(博士前期課程2年生)
藤本 まなと(助教/博士(工学))
諏訪 博彦(助教/博士(学術))
荒川 豊(准教授/博士(工学))
湯川 直紀(いこいの家 ケアセンター理学療法士)

プロジェクトは介護施設内の課題解決

プロジェクトは、長年、医療法人の運営に携わっていた湯川さんが3年前に介護施設を開所されてから常々考えていた施設内で自由に過ごされている利用者の状態を違和感なく見守り出来ないかという悩みと、奈良先端大の学内に建てたスマートハウス施設での実証実験を経ながら、より実践的な課題を解決する場がないかと探していたプロジェクトリーダー荒川先生の出会いから始まります。

昨年8月からヒアリングさせてもらいながら試作品を作り、本格的に実証試験を開始したのは今年1月からです。いこいの家での利用者は名札を首からぶら下げていましたので、名札と一緒に重さ18gのビーコンを下げてもらいます。そのビーコンは施設内にいる時、施設内の各所に設置したビーコン読取機を使い、リハビリ機器などにどのくらい時間滞在していたかが分かる仕組みです。

"Applixのビーコン"

チームは各分野のエキスパート

プロジェクトには、産学連携ならではの適材適所な人材が関わっています。

藤本 まなと(ふじもと まなと)さんは、無線機器の専門家で、施設内に設置したビーコン読取機の開発や電波の発信状況を見ながら設置場所の設計を担当しています。

諏訪 博彦(すわ ひろひこ)さんは、機械学習アルゴリズムが専門であり、ビーコンから取得した情報を元に、より精度の高いビーコンの場所や異常な状態を検知するための人工知能部分を担当しています。

駒井 清顕(こまい きよあき)さんは、施設内でのセンサー設置や、データ取得時のトラブル時などに駆けつける現場監督を務めていました。湯川さんのお話ですと駒井さんは施設に一番通われて一番現場を観られていたそうです。

プロジェクトを統括されている荒川 豊(あらかわ ゆたか)准教授は、奈良先端大で民間企業を数多く巻き込んでスマートハウス研究を牽引されているICTの研究者です。

"左から駒井さん、藤本さん、諏訪さん"

機械学習で約6割のデータから9割行動を判断可能

試験から一ヶ月、当初は想定していなかった電源事情によるビーコン読取機の設置場所など苦労されたそうですが、現在はビーコンの発信時間の間隔を上げたり、読取機のカバー範囲や設置場所を改良するなどし、場所の精度もあがってきました。

ただ、精度が上がってもビーコンの動きは約6割しか判断出来ませんでした。理由は1台のビーコン読取機がカバーする範囲が広く、例えばリハビリ室にいる時と隣の部屋にいる時の違いが正確に区別できないからです。ビーコン読取機の数を増やし1台あたりのカバー範囲を小さくすることにより精度も上がりますがコスト増になります。

そこで、諏訪先生の専門である機械学習システムが威力を発揮します。過去同じ時間帯にいた場所や動きのデータを利用、予測して実データと付け合わせ検証したところ、正解率は9割に上がりました。同じようにビーコンを利用し見守りをするサービスは増えていますが、コスト低減をする為に人工知能を活用するといったアプローチは産学連携ならではと思います。

さらにビーコンの加速度計を利用し万歩計のように移動歩数も取得できるようになり、今後データが溜まっていけば精度が上がっていくと言います。

"荒川先生"

現場の利用者、スタッフに負担かけずコストも抑えた課題解決

利用者が増加し介護保険は過去10年で複雑になったと言われています。そのため介護現場では正確な記録を取る事が重要な作業になっています。湯川さんはこのビーコンシステムが実現化すれば利用者の活動記録の為に手板を持ち歩き紙に記録している作業の多くを無くすことが可能になるのではないかと言います。

さらに施設内スタッフにもビーコンを持ってもらい、職員に負担をかけずに作業内容を可視化することにより、ベテラン職員が豊富な経験から導く気づきやリスク回避のために先回りして取る行動を、新人スタッフに伝える教育にも役立てたいと考えています。

このスタッフ行動履歴は今後新たに施設を施工する際に、間取りやスタッフの最適な配置場所を設定して少人数で安全・安心な環境作りの効率化を考えられる唯一のデータになるのでないか、今まで経験と勘に頼っていた新設施設の運営も、必要な作業、実は不必要な作業と判断できて、作業効率も劇的に変えられるのではないかと湯川さんは言います。

"湯川さん"

時空と空間を超えられるIT技術を使って和歌山に日本版CCRCを造る

湯川さんは和歌山県の生まれです。将来的には和歌山の白浜や勝浦に日本版CCRCを造りたいと考えています。豊かな自然と温泉地である白浜勝浦に元気なうちから移住してきてもらいたい。空いている旅館などを借り上げビーコン読取機を設置した施設として改修し、健康状態を見守りしながら安心して住んでもらう。

もちろん、日本版CCRCを実現するためには課題も多く、お年寄りだけが移住するだけでは成り立たない事もわかっています。湯川さんは介護事業者の仲間や行政機関などもちろんですが、奈良先端大の荒川先生たちのようなICT専門家にも「時空と空間を超えられるのはITだけ」と夢を語りながら、足りないピースを一つずつ埋めていっています。

和歌山には伝説の小栗判官を蘇生させた湯の峰温泉のつぼ湯があります。つぼ湯に浸かり小栗判官が復活したように、奈良先端大チームが関わるICT技術で課題が多いとされる介護業界を再生させることが出来るのでないかと期待に夢膨らむ、そんな実証試験のお話でした。また引き続きお話をお聞きしていきたいと思います。


奈良先端科学技術大学院大学 ユビキタスコンピューティングシステム研究室

いこいの家 ケアセンター

首相官邸 日本版 CCRC 構想(素案)PDF

Wikipedia 小栗判官

Wipikedia 湯の峰温泉