今年6月4日から7月31日までの2か月間、NTT東日本、山形県の老舗インターネットプロバイダーであるキャプテン山形(株)、鶴岡高専の3社と酒田市が協力し認知症徘徊防止サービス「さかた見守りくん」の実証実験が行われました。まだ商用化は未定ですが月額1,500円程度を想定しています。

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平成25年の県警発表によると、山形県の認知症行方不明者は年間120人で、うち15人が亡くなっている為、酒田市でも徘徊防止は急務の問題となっており、今回、市が介護事業者などに声をかけ12家族に協力してもらいました。

500円玉くらいの小型センサー(Bluetooth LEのビーコン)を身に着けてもらい、行方不明になった際に、地域内に設置した受信機が移動ルート等の情報を収集して行方不明所のいるエリ アを特定することができます。類似したサービスは既にいくつかありますが、産学プラス官連携で取り組むというケースは初めてです。

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「さかた見守りくん」誕生のきっかけは、キャプテン山形(株)に認知症徘徊に関する相談が持ち込まれたことです。ソフトウェア専業であったキャプテン山形は、組込み系の専門家でハードウェアにも明るい佐藤教授に相談されました。

こうして「実働隊は片手に満たない」(佐藤教授)、さかた見守りくんプロジェクトチームが誕生しました。

突かれる感。民間企業が参加するとスピード感が違う。

佐藤淳(さとう じゅん)教授は、山形県鶴岡市の生まれで、勤め先である鶴岡高専から車で30分の所に住んでいます。豊橋と長岡の日本で2つしかない国立の技術科学大学、愛知県豊橋市にある豊橋技術科学大学と大学院で学び、24年前に地元に戻りました。元々の専門は半導体の設計で、組込み系の専門家として鶴岡高専で教鞭を執っています。

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今回のプロジェクトでは主にユーザー管理やハードウェア機器の選定などを担当しました。ハードウェア機器の選定といってもゼロから作るわけではなく、「実証実験では調達する機器の数が少ない為、市場にある汎用品で最適なものを選ぶ」(佐藤教授)ので機器の目利きだけと考えがちですが、プロジェクトチームにハードウェアのプロフェッショナルは佐藤教授ただ一人、合議制で決めるわけではないので選定した機器が残念な結果に終わっても言い訳はできません。

当然開示されている情報だけではなく、ある程度自分が機器を動かす必要があります。機器は使用前提が違うなどの理由からスペック通りには動かない場合もあり、自身で作らないからこそ、機器選定は難しいのです。

「突かれるんですよ。色々な方面から(笑)。高専や大学とは違う間隔のスケジュールでね」苦労が思い出になったからか、工程が楽しかったからなのか、笑顔でそう話されました。

Wi-FiとBluetoothのハイブリット利用も検討。

Bluetooth LEのビーコンを利用した場合、普及には一つ課題があります。無線LANで使われるWi-Fiとは違いBluetooth LEのビーコンが発する電波の専用読み取り機器が必要です。

今回の実施実験ではNTT東日本の協力があり、11か所に読み取り機を設置しましたが、この設置費用が商用化の際想定している月額1,500円という利用料に重荷になることが考えられます。

そこで、佐藤教授は無償のWi-Fiアクセスポイントも利用することを考えており、その為にWi-Fiのビーコンや両方使えるハイブリットなビーコンも検討しています。 ただ、一般的にBluetooth LEのほうが省電力なので、Wi-Fiを利用したビーコンの場合、いかに電波の発信を抑えてバッテリーを長持ちさせるのかが重要になります。

冬にはさらなる実証実験を予定

今回利用したBluetooth LEビーコンのバッテリー寿命は仕様上1年でしたが、実際は半年しか持たないことも実証実験で判明しました。ただ今回は1秒毎にビーコンから情報を発信していますが、もっと長い間隔でよいというデータもとれたそうです。電波を発信する間隔が長ければ長いほど、バッテリー消費量も減り、長持ちするというわけです。

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「 次の実証実験は今年の冬にやって厚着や雪の影響を調べたい」 バッテリー問題よりも、目下、佐藤教授の心配は、冬の厚着による電波影響です。

「10月以降は使えません。というのもまずいですからね」 半導体を設計するにあたり、発揮されたであろう丁寧な几帳面さが言葉から感じられます。

さて評判はというと、まだ最終的に全部の声が集まっていませんが、サービスがあることにより家族や周りの方が安心できるという声が多いそうです。つまり、産学連携で難しいニーズとシーズのマッチングは、まずは成功したのではないかと思います。

鶴岡高専の研究とブナの木

鶴岡高専がある山形県鶴岡市は人口約13万人の都市で、ブナの木が市の木に指定されています。ブナの木は、葉が上向きなので葉に集めた雨水を枝から幹へと伝わせとても上手に根元に運ぶといわれています。その恩恵もあるのか土壌が豊かな鶴岡市のコメ収穫量は、新潟県新潟市、秋田県大仙市に次いで全国第3位です。

鶴岡高専の卒業生が起業したケースは勿論沢山ありますが、研究の場から産学連携で生まれたベンチャー企業は残念ながらまだありません。

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「では一番乗りですか?」との質問に 「確かに色々な方面(笑)から産学連携での期待はありますので、 キャプテン山形さんでも、どの程度人員が必要かなど商用化の試算はしています」

佐藤教授は言葉を選びながら謙虚そうな微笑みで言葉を続けました。 「ただ、評判が良かったら、実証実験終わりですって簡単には止められないですよね」

鶴岡高専というブナの木から、研究開発やその過程で培った経験、几帳面さといった水の流れがこれからどんな稲穂を実らせるのか楽しみでしょうがありません。

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鶴岡工業高等専門学校 創造工学科 電気・電子コース

キャプテン山形株式会社

NTT東日本 山形支店

ケアタイムズ新聞 - 認知症による徘徊の不明者防止へ、酒田市で「さかた見守りくん」の実証実験