今までとは違うアプローチで人類の進歩に貢献する人達にお話を聞くシリーズ「先端びと」、今回は埼玉県八潮で模擬臓器を開発している株式会社 寿技研にケアタイムズ新聞社顧問、日比野雅夫がお伺いしました。

"高山社長"

埼玉県八潮市に、外から見ると何の変哲もないというと失礼かもしれないが日本の典型的な町工場、株式会社 寿技研がある。 小規模ながらもユニークな取組で自社製品の腹腔鏡手術トレーニングキットを製造しているということなので、社長の高山成一郎さんにお話をお聞きした。

高山社長は現在47才。大学2年生の時、創業社長だった父親が病気になり家業を継ぐため大学を中退した。実質的に20才の時から会社を引き継いだのである。寿技研は父親の時代から、最近まで一貫してプレス加工品などを手がけてきた下請け町工場であった。

ニッチでもトップシェア製品を手がけたい

高山社長はプレス加工以外にも主力事業を作りたいと考え様々な業種に営業していた。そんな時、あるRCカー(ラジコン)のスポンジタイヤ製造でそのチャンスはやってきた。性能の良いスポンジタイヤの理由を科学的に数値化する。その数値が向上する改良をしていけば性能の良いスポンジタイヤが作れる。RCカーのスポンジタイヤを15年以上製造しているが、ずっとその答えを探していた。

その答えを2年前にタイヤの研究で著名な工学院大学の中島幸雄教授と出会い、共同研究をしながら遂に発見したのだ。 その結果、寿技研はRCカー(ラジコン)各社のスポンジタイヤ製造を次々と請け負うことになり、ラジコンのスポンジタイヤという小さな市場ではあるが、世界のトップに踊りでたのだった。

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その後、災害ロボット、介護分野ではセンサー付おむつなどスポンジタイヤ同様に様々な大学と産学連携に取り組んでいきながら、3年前に大手医療機器メーカーから製造を頼まれたのが腹腔鏡トレーニングキットである。

大手医療機器メーカーは、市場が大きくないと自ら本気でその市場に参入しようとしない。まさにトレーニングキットなどはその典型で、医者が作り方を共有して自主製作したものを使って手術トレーニングをしているのが実態であった。完成品のトレーニングキットはあったが当時、数十万円もしたという。

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寿技研はそれを10分の1以下の数万円という価格で売り出した。手頃な価格だと医師が自分で購入し自宅でも簡単に練習できる。その後、腹腔鏡手術が保険適用されるという追い風もあり、会社の安定した売り上げに貢献する主力商品に育ってきたのだ。

腹腔鏡手術は非常に難しく、それゆえ、日頃のトレーニングが欠かせない。大学病院の手術失敗例が新聞を賑わしたのは記憶に新しい。

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さらに人体の各臓器を模したウレタン製の小物もそれぞれ医者のニーズに応えて商品の系列に加えた。 (写真上のピンク色形状のモノ)

販売も工夫し、超ニッチという事もあり、アマゾンや楽天といったネットショッピングモールを使わず、自らがネットショップを独自運営する完全な直販という挑戦をしている。ネットショップの名前は広大なネット上で独自性を出すため、「腹腔鏡トレーニングボックスのお店」としたのも面白い。

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これらの活動に対し、今年(2015年)2月には<腹腔鏡トレーニング用品の開発、製造、販売>で埼玉県から“渋沢栄一ビジネス大賞 ベンチャースピリット部門 特別賞”を受賞した。大学を中退し家業を継いで27年、名実ともに市場を開拓するチャレンジングな企業と認められた。

さらにお話を聞いていると高山社長から驚くような話があったのだ。

医療用トレーニング分野で世界へ

「今後、医療用トレーニングというニッチな領域に焦点を絞っていく。その中でも、本物の臓器に近い感触を持った模擬臓器の分野に挑戦したい」と高山社長は言う。

つまり、電気メスで切れ、かつ、糸で縫うこともできる模擬臓器の分野である。再生医療という新しい治療が山中伸弥教授のiPS細胞によって開かれようとしている。しかしながら、このような臓器が出来たとしても、実際に手術をするためには、古い臓器を切り取り、新しい臓器を縫合しなければならない。そのためには、本物に近い模擬臓器を用いて医者の周到な事前のトレーニングが絶対的に必要となる。

高山社長はこの模擬臓器の材料を開発したというのだ。ある食品材料をもとに500種類以上にものぼる実験と試行錯誤の結果、医療機関も認める人間の臓器に非常に近いモノができたのである。試作品が完成した後、製造に関しての特許も出願済だ。 (写真下が赤色の模擬臓器)

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実は手術用材料は似たようなものをアメリカではポリビニルアルコール(polyvinyl alcohol, PVA)など合成樹脂で作っている。しかしまだ高価であり、かつ素材的にも温水可溶性ではあるが合成樹脂なので自然には分解されにくい。

ところが高山社長の発明は元が安価な食品材料でできているので、より自然に分解されやすく地球にやさしいエコ商品であるので、エコに敏感な米国、欧州の市場では合成樹脂より評価される期待もある。

さらにこれと3Dプリンタによる製造技術を組み合わせれば人間のどこの臓器でも近いものが短期間で安価に製造できるのである。「手術前に患者さんの模擬臓器を製造して練習することも可能」ということなのだ。

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続けてきた異業種参入への挑戦、それが強さ

3Dプリンターによるエコ模擬臓器の提供。これはとても大きな発明で世界に通用する商品になるのではないか。もちろんまだ試作品ができたばかりであり、これを本当の意味で商品化し、販売していくにはいくつもの壁が存在するであろうことは間違いない。

しかしながら、大変な可能性をこの模擬臓器と、果敢に挑戦し続ける寿技研が持っていることは間違いなかろう。はやく高山社長率いる埼玉の町工場が世界に雄飛する姿を見たいものである。

エンジニアリングする町工場 寿技研

腹腔鏡トレーニングボックスのお店


(ケアタイムズ新聞社顧問、工学博士 日比野雅夫)
1945年、京都府生まれ。京都大学卒工学博士、MIT大学院、日本電気に入社し、NEC伝送事業本部長、NECアメリカ社長、NECマグナスコミュニケーションズ社長を歴任、ワイヤ・アンド・ワイヤレス(wi2)を創業、社長に就任、YDK社長を経て、現在はMHコンサルテイング代表として事業立ち上げ支援をおこなう。